別にいいんじゃね?

自分でいろいろ情報を集めてそれを分析し、そこから自分に必要なものを拾い上げていくという一連のプロセスを発動することで、人に聞かなくても自分で答えや情報を得ることができるのだという利便性は感じてほしいな、とは思う。

 本当にある音楽が聴きたかったら、MP3をWAVEに変換するソフトくらい見つけてくるだろう。
 自分でできなきゃ業者に頼むなり、なんなりするだろう。

 自分で作業する作業量と困難さが、その音楽と言う対価に見合わないからやらないだけじゃないかな。
 いや、こっちに質問するだけ質問しておいて「めんどくさそう」って言われていらっとするのは分かる。分かるが、それと「人に聞かなくても自分で答えや情報を得ることができるのだという利便性」は結びつかない。
 自分で情報を見つけることが知的好奇心を満足させるのは、私のような検索マニアにとって普通のことだが、そうでない人も多いし、人に聞いたほうが分かりやすい人もいるし、一緒にステップバイステップで操作をしないと飲み込めない人もいる。

 


 ウチは母親が一緒に住んでいる。
 母親が体を壊したからみんなして戻ってきて、一軒家に住んでいる。
 それぞれ小さいながらも「自分ち」を持っていた人間がごそごそと集まったので、それぞれの考えで夫々の暮らしにあわせて購入した家電機器がごちゃごちゃと複数(必要以上の数)存在する家になってしまった。


 今でこそ電子レンジは1台だが、最初は3台あった。しかも1台は生もの解凍が壊れていた。
 トースターも2台ある。
 炊飯器は最大4台あった。
 さすがに洗濯機は場所がなくて一番新しいの1台残して他は人にあげた。


 ウチの母親は高年齢出産だったから、こどもの年齢に比して年を取っている。テレビなんかで母より若い女性が事故にあったレポートで
「おばあさんは、この交差点で車にはねられました」
とかやっていてびっくりする。
 おかん、あんた「おばあさん」より年上なんだよ!


 そんな年齢なので当然新しい機器の操作はちゃっちゃとは覚えられない。
 最初は覚えようとしないんだと思っていた。この頑固ばばぁとも思った。いや、頑固かもしらんが。

 例えば洗濯機。
 漬け置き洗いとか、洗濯後自動乾燥とかの機能はなんど教えても覚えない。

 例えば電子レンジ。
 生もの解凍は覚えない。

 例えば炊飯器。
 玄米炊きモードが使えない。タイマーなんてとんでもない。


 覚えると便利だよと兄弟姉妹そろって何度も繰り返すが、使うときに私たちを呼んでは
「朝の7時にご飯が炊けるようにしたいけど、やっといて」
「お肉の解凍がうまくいかないの。煮えちゃった」

 なんで覚えないんだ! と最初こそ苛立った。
 年寄りだからってだけじゃなく、もともとこの人はそういうことを覚えたがらない。
 女だからか? と思ったこともあるが、好奇心が強くて小学生の工場見学の付き添いに行くとこども以上に機械やシステムに興味を示すひとだからそれもちょっと違う気がする。


 で、ゆっくり話をしてみると

つけおきあらい→洋服の繊維のよりが甘くなるからあまりしたくない
なまもの解凍→自然解凍している間につけあわせを考えたり、食器棚の整理をするから使う機会があんまりない
玄米炊き→土鍋で炊いたほうがおいしい

と言う。つまり、彼女なりの「覚える必然性が低いと考える理由」が存在していた。
 私が呼ばれて生もの解凍をするのは、誰かが突然外食をやめて帰ってきたなどの突発的な状況下だけであり、日がな一日家にいる彼女にとっては
「時間短縮」
「簡単便利」
よりも、長年のやり方のほうが
「理由が明確」
「根拠のある作業」
と感じられるようだった。

 新しい方法を覚える理由がない。
 だから覚えない。
 覚えない根拠があるのだ。



 ある日、携帯で帰宅が遅れると連絡したところ
「テレビがおかしいの」
と母が言い出した。

 我が家はケーブルテレビの契約をしているので、テレビ(モニター本体)のリモコンとは別にCATVのチューナーのリモコンがある。そのどちらがどちらかを母はよく混同し、モニターの電源を入れたけれどCATVで配信されているチャンネルが見られないと言ってみたり、モニターの入力源をビデオに切り替えてテレビが観られないと嘆いていたり、とにかく
「テレビが観られない」
という母の嘆きは我が家の毎日の恒例行事だった。

「NHKのニュースと教育テレビだけでいいから観られないかしら」
いや、その前にリモコン間違えてないか確認してください、とお願いしてみたが要領を得ない。
「灰色の? 黒いほう? 真ん中のボタン?」
 黒がチューナーのだと説明したが、私自身がテレビをあまり観ないので、チューナのリモコンのどれで何が出来たかなんて実物を見なければ分からない。
 とりあえず帰るからと言うと、私が帰るまで待つという。まぁそうだろう。

 だが私が家に帰ると、母はしっかりNHKを観ている。
 誰かに聞いたのか? と尋ねると
「コレを押してね、コレを押して、で、チャンネルを押し続けたら出たの」
 出たのって、アンタ、びっくり箱じゃないんだからと思ったが、操作的には正しい。


 何十回もの試行錯誤の末、ついに母はCATVとテレビ(モニター)の関係を把握し、自分の好きな番組を観られるようになったのだ。おばぁちゃんだけど。


>>10年後、20年後に、
>>TNさんとHSさんがどうなっているのかは見もだ。

なんてコメントもあったが、transniperさんの描かれるTNさんもHSさんも、本当に聴きたい音楽があればMP3をWAVEに変換するだろうし、本当に好きな作家の本がネットでしか買えなかったらこわごわAmazonを利用するだろう、多分。
 ネットリテラシー? そんなもの、本当に必要だと感じれば手に入れるものなんだよ。
 うちの母親がCATVを視聴できるようになったように。



 ちなみに。
 私の母はCDプレイヤーを使えない。
 以前は使えたのだが、好きなCDを叔母に貸したら帰ってこなくて1年以上経過したら、自分のCDの使い方がまったく分からなくなった。
 多分同じCDをプレゼントすればまたCDプレイヤーが使えるようになったんじゃないかと想像する。
 だが、CATVで音楽番組を選べるようになった現在、彼女がCDプレイヤーを使う気になるかどうかが疑問だ。彼女はCATVのクラシック音楽の番組で満足しているからだ。
 もしかしたら、オンデマンドの音楽番組が豊富になったら母はインターネットにはまるかもしれない。そしてキーボードは使えるがCATVのリモコンは使えない人になるかもしれない。
 多分そうなる。



 それでいいんじゃないだろうか。